流氷の見える丘11

網走の積雪が非常に少ない。

降雪自体少ない上に、降っても溶けてすぐになくなってしまう。道路はアスファルトがむき出しのままで運連しやすいが、なんとも寂しい限りである。

1月下旬には東京では20数センチの雪が降り、SNS上には雪にはしゃぐ人たちが溢れていた。

交通機関がマヒして大変そうだなと思いながらも、雪の少ない網走から羨ましく見ていた。

雪が降らなければ冬ではないと道民は言うが、まさしく短い冬を惜しむようにSNSには雪だるまが溢れ、みな季節を楽しんでいるように見えた。

1月11日、特に予定もないのでフラリと知床ウトロ方面へ足を伸ばしてみた。夏はよく撮影や釣りに行く場所だが冬は少し足が遠のいていた。

天気は良いが低気圧が近づいていて、ウトロへ向かう海沿いの道路には、冬の日本海を思わせるような波飛沫が飛んできていた。

2018年1月 北海道斜里郡ウトロ町

2018年1月 北海道斜里郡ウトロ町

ふと左前方を見ると白い一帯が見える。白波より大きく、物体というより一帯という方が合っている気がする。まさかと思って慌てて近づくと、まさかの流氷だった。

オホーツク海に流れ着く流氷は、アムール川から流れ、海流と風によって日本まで流れ着く。アザラシやオジロワシ、キツネなんかもこの流氷に乗ってシベリアから道東まで渡るらしい。

今回のものは流氷本体ではなく、小さな破片が低気圧の影響で「はぐれ流氷」として流れ着いたものだったが、それでも1月に見たのは初めてだったし、畳より大きい氷の塊がびっしりと海岸に打ち寄せられている光景には心躍るものがあった。

2018年1月 北海道斜里郡オンネベツ はぐれ流氷

2018年1月 北海道斜里郡オンネベツ はぐれ流氷

2月になればきっと海一面に広がる流氷が見られるはずだし、今年こそは流氷ウォークを体験してみたい。観光で来る際は絶対にオススメする知床の名物だ。人が海の氷のうえではしゃぐ姿は日本広しといえどもここだけだと思う。

あいかわらず季節の移り変わりを楽しんでいて、春夏秋冬をはっきり感じられる場所で生活できていることが嬉しい。人が生きるうえで大切で些細なことを感じながら写真にしていけたら最高だ。

2018年1月 北海道網走市大曲 スケートの練習で椅子につかまりながら滑る子供

2018年1月 北海道網走市大曲 スケートの練習で椅子につかまりながら滑る子供

もうすぐ移り住んで2年が経つが、まだもう少しはここで写真を撮っていたい。何がそうさせるのかわからないが、まだまだ見ていないものがあるはずだし、もっと見たい。その感動やきらめきの記憶を記録していきたい。

それに共感してくれる人がこの世界にはきっといるはずだ。

暮らしているアパートのある丘から流氷が見えるまであとわずかだ。

2018年1月 北海道網走市能取 ワカサギ釣り

2018年1月 北海道網走市能取 ワカサギ釣り

写真家・松井宏樹
https://www.matsuihiroki.com/

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流氷の見える丘10

12月に入ると日に日に寒くなり、夜間は-10度を超える日も多くなってきた。雪が降れば雪掻きをし、氷の道を歩くにも細心の注意がいる。暮らしているものそれぞれが、生活することに気を遣い厳しい冬を過ごしている。

こどもは雪が降れば空き地を駆け回るが、犬は寒すぎて見当たらない。

2017年12月 北海道常呂郡佐呂間町 凍った川の上に丸くなる白鳥

2017年12月 北海道常呂郡佐呂間町 凍った川の上に丸くなる白鳥

年の瀬のそわそわした空気と凛とした深い静けさとが混ざり合う年末は、独特な雰囲気でなんとなく高揚する。

木には雪が積もり、小さな川や湖が凍りはじめ、大地から音がしだいに消えてゆく。

撮影に出かけてもシーンとした場面が多く、GF670の静かなレンズシャッターがはっきり聞こえるほどだ。これからの時期のこの静けさは大好きで、何も音がしないところでのおにぎりとお茶など、至福のひとときだ。いつまでも浸っていたいぬるめのお風呂のような包まれる感じは、ぜひ体験してもらいたい。

2017年12月 北海道標津郡標津町 天然記念物オオワシ

2017年12月 北海道標津郡標津町 天然記念物オオワシ

さて、今回はせっかくの年末なので、個人的なこれまでのことを少し振り返ってみたいと思う。

2016年の2月に網走に移り、もう少しで2年になる。来た当初は久しぶりの北海道生活に気分が上がっていたし、思う存分撮影ができると期待を膨らませていて、今思えばちょっとしたハイ状態になっていたように思う。

さすがに2年近く暮らすと慣れというか感動が希薄になりがちだが、それは心も体もこちらに順応し浸透してきたからのように思うし、そうあるべきだと感じている。通過者ではなく暮らすものとして写真を撮るということはやはり相応の時間がかかるし、そのための覚悟も必要だと、最近はようやく実感できてきた。

思い返せば被写体(取ろうとする場所)に身を置いたのは初めてのことで、以前東京で暮らしていた頃は作品を撮ろうとカメラを持ち歩いた記憶はほんの数回だと思う。

写真家なら常にカメラを持てという方もいて、確かにそれは正論だけれども、それはひとそれぞれ向き合うものが違うのだし、ONとOFFがあってもいいと思う。話が逸れてしまったが、とにかく当時の僕は東京でカメラを構えることがなかった。それは撮る気がなかったということではなく、何も面白くなかったからだと思う。

街を歩いていても、電車に乗っていても、安い居酒屋で酔っ払っていても、生きている感動を感じることはなく、常に道東の影を追い求めながら生きていた。

メガシティ東京の中で生きることが、本当に望んでいることとは到底思えなかった。

写真を撮る人にはそれぞれに向かい合っているものがあると思う。それはその人の生い立ちや思想、影響を受けた人、場所などでそれぞれ異なるし、それが現れるから写真は面白いと思える。その人となりが見える写真は強く美しいし、見る人を引き込む。

2017年12月 北海道網走市つくしが丘 除雪された雪でかまくらを作るこども

2017年12月 北海道網走市つくしが丘 除雪された雪でかまくらを作るこども

住む場所を変えることで簡単にそうなるとは思えないが、自覚を持てたことは一歩成長なのかなと思っている。少しずつではあるが、写真にそれが現れてくれたら本当に喜ばしいことだ。

さて、網走に再び戻ってこれたのは、自分の意思と周りの助けであることは間違いないが、これから僕はどうしたいのだろうか。

北海道で一生暮らすことは無いと思っているが、暮らしたいとも少し思っている。けれどきっとこのまま暮らしていたら止まってしまいそうな恐怖感がチラチラ見え隠れしている。やはり東京から道東へ来たように、道東からどこかへ行くべきなんだろう。ただ、どこに行っても追い求めるものは今と変わらないだろうし、この道東が僕のベースとなることは間違いない。

今もこれからも目の前に向き合っていくしかないのだろう。

来年もあれこれ考えたりしてしまうだろうけど、元気に健康に写真が撮れることが結局一番大切なんだろうなぁ。

2017年12月 北海道網走市網走港第4埠頭 氷点下の中釣りをする市民

2017年12月 北海道網走市網走港第4埠頭 氷点下の中釣りをする市民

写真家・松井宏樹
https://www.matsuihiroki.com/

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